時には厳しく社会の掟を教えてくれたり
健康に留意した食事やおやつを
心がけてくれたり
 
その中でも、これは最高に
親に感謝をしていること
 
当時8歳。英語が全く分からなかった私。
3人の子供たち(7歳、8歳、13歳)を
全員オーストラリアメルボルンの現地の
英語しか通じない学校へ送り込んでくれたことに
今も、今だからこそ、感謝の気持ちしか溢れて続けている。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
送り込んだ当日から親はまったく介入なし
まわりの先生や生徒は英語しか話せない
ひとりでどうにかしないとどうしようもない
 
ここで親がべったりついて援助してくれたり
同情してくれたりをせずサラリと当たり前の状況として
日常を過ごしてくれたこともとてもありがたかった。
 
もしかしたら、我が家は子供が3人もいたから、
ただ単に物理的に細かいフォローができず
一人も援助をしなかったという経緯だったのかもしれない
 
私の根っこを強く深く伸ばす機会を与えてくれた
オーストラリアの現地校に放り込まれた8歳~からの挑戦期
 
 
まだ誰もいない朝7:30頃、校内にひとりおいて行かれ
教室に向かう途中緊張のあまり教室の外で戻してしまった
 
朝、吐き気と共にひとり登校をしたのは最初の3日間だけ
 
初日は母もよくわかっておらず、お弁当もスナックも
何も食べ物を持参しないという事態で
売店で買い求めるお金も持参なし
仕方なくクラスのみんなから
少しずつおかずやサンドイッチを分け与えてもらい乗り切る始末
 
この恥ずかしい体験があったからこそ
これ以上の恥ずかしいことはないと開き直ることができ
4日目からは
「ここで自分は生きていく!語学の面では誰も助けてくれない
失敗しようが恥をかこうが自分の道は自分で切り開く」
と思えたのである。
 

私は一年中小麦肌

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
現地での学校生活については→マイストーリー https://kasaneni-rythm.com/archives/183 へ

この時の経験は、一般的には苦労ともとれます。
張本人の私は楽しんでいた記憶しかありません。
ネイティブスピーカーの友人やまわりの人の存在や助けが必要だったから
交流をしていることが楽しくて幸せで仕方なかったのです。

このときの経験がその後の人生に非常に役立っていることは確かです。

あの時、両親が下してくれた判断にとても感謝しています。

新しい土地でもやっていける
新しい環境も受け入れられる
他の国籍の人とも隔てなく接することができる
娘が選択を迫られたとき、こっちの苦労する方を
選ぶメリットもあるよと言ってあげられる

経験が特技になるなんて8歳であった当時は
知りえなかった。

獅子は我が子を千尋の谷に落とす
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と昔から伝わる言葉。
獅子の子落としとは、わが子に厳しい試練を与え
本当に深い愛情をもつ相手にわざと試練を与えて
成長させること。

さぁ、我が子をいくつの谷から突き落とせるか!!

 

Pocket