ある日、今までと違う、違

和感を感じました。

冬でもないのに全身が冷え切り、

巡りが悪くなったような

具合の悪さを実感しました。

ちょうど40歳に入ったころでした。

 

生理前から急激に体が冷え、

頭痛が伴い巡りが悪くなるような症状でした。

この日を境に、多いときで月一回、

およそ3カ月に一回、体がとてつもなく

冷え切り、吐き気を伴い、何も食べられ

なくなりダウンするという症状が

3日続くようになりました。

 

睡眠時間を取るよう心掛け、

栄養を取り、頻繁に長いマッサージを受け、

時々ヨガをやり血流をよくしようと

試みましたが、改善は見られませんでした。

 

幸い献身的な夫やお手伝いさんの

援助を受けられ、3日間の不調期間は

無理やり乗り切りました。

娘の授乳だけは続けました。

 

5年の上海赴任を終え、日本への

本帰国が決まり、実家がある練馬区に住みました。

当然日本ではお手伝いさんはいず。

夫は通勤時間が長くかかるようになり、

私が体調を崩す度にまわりに

しわ寄せいくようになりました。

特にまだ小さかった娘にはたくさんの

我慢をさせてしまいました。

 

4年間が過ぎ、体調は変わらず、

このまま残りの一生を過ごすのかと

諦めかけたときに重ね煮という言葉を

初めて聞きました。

 

〖重ね煮との出会い〗

15年以上会っていなかった

友人からある日連絡がありました。

14年間勤めていた化粧品会社の

同期の友人でした。

 

絶対あなたが好きなものがある、

一緒に体験教室にいかない?と

お誘いをもらったのが鎌倉にある

重ね煮アカデミー®の教室でした。

 

ちょうどその日はホームステイに

向かう娘を成田に送る日だったため、

夏の体験講座は残念ながら見送り、

それからも重ね煮が気になり続けました。

 

体験講座は受けられませんでしたが、

その後も陰陽調和の重ね煮の

食養マインドを知れば知るほど

胸に刺さるものを感じました。

 

日本人のカラダを深く理解している。

がんばらなくていい。

自然と共にいきる。めちゃめちゃ簡単?

なようで、びっくりするほどおいしいらしい。

なぜ私は今まで出くわさなかったのでしょう?

 

体験講座は逃しましたが、なんとか授業は

受けられないだろうか。

重ね煮について知れば知るほど感銘を受け、

いつかぜひ習いたいと何度かお教室の先生に

メールを打ちました。熱烈なラブレター!!笑

 

すでに本講座はすべて埋まっているにも

関わらず気持ちを押さえ切れず

無理なおねがいをし続けました。

 

当然定員には達していたので先生も

きっとお困りだったかと思います。

 

それから数週間経ち、突然先生から

ご連絡をいただき、驚いたことに

唯一通える曜日に1名だけキャンセルが

出たということでした。

願いは思い続けるものだと思いました。

 

ここから夢にみた重ね煮を学び実践できる

日々のスタート、とは簡単にいきませんでした。

養生科レッスンの初日。

私は冷え、頭痛、吐き気にみまわれ、

いきなり授業を欠席しなければなりませんでした。

 

自分の体調を整えたくて意を決して

申し込んだ養生科の初日から

通えなかったという現実に

目の前が真っ暗になり、私は

この辛い体調とはお別れできないのだ

と落ち込んでしまいました。

 

片道3時間近くかけ半年間鎌倉の教室に通い、

重ね煮の心を学びました。そして食卓が

少しずつ変わったことに家族が一番驚き喜んでくれました。

 

朝ごはんはパン、ハム・ベーコン、卵、

ヨーグルトの洋風のメニューが、

ごはんとお味噌汁に。

ダシを前日に水に浸けて取って、、という

ハードルがなくなり、レシピとおりに重ねると

感動のおいしさが家族に届けられるので

作るのが億劫にならずたのしくなりました。

 

健康思考なあまり、新鮮な安全な野菜を

買っては来ていたものの、献立がなかなか

定まらず、野菜を調理する手間が億劫と

なっていたので、せっかく買った野菜を過去には

何度も駄目にしていました。

 

しかし重ね煮を実践しはじめてから、

野菜の調理がとにかく楽。

旬の野菜を用いた献立がすんなり決まり、

野菜料理が食卓にどんどん登場する

ようになりました。

びっくりするおいしさと家族が喜んで

完食してくれた反応が何よりうれしかったです。

 

養生科で学び、3カ月、6カ月と過ぎていき、

気づけば半年間、一度も頭痛吐き気で

寝込むことがないどころか、一度も風邪、

体調不良、インフルエンザなどに縁が

なかったことに気づきました。

 

小学1、2年の間は風邪を頻繁に引き、

インフルエンザは毎年すべての型に

かかっていた娘が、3、4年になり

学校を一度も休まず現在も通っています。

重ね煮料理を作り始めた時期とぴったり一致しています。

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