上海への引っ越し準備作業を始めたとき

妊娠がわかりました。37歳でした。

 

引っ越し作業を一旦停止し、

出産病院を予約し

体調が安定したと同時に夫の元

上海へ飛びました。

 

夫は慣れない地でいかに

私が快適に過ごせるか

いろいろと緻密に準備をしてくれていました。

 

日本のシステムとは大きく

違った上海では、トラブルも

よく発生しました。

 

その都度夫のサポートは

とても心強く、東京での

出産を取りやめ急遽夫の元、

上海で出産する決意を固めました。

 

初めての出産に備え、ありと

あらゆる情報を集め

一日40回のスクワット、

一時間のウォーキングをかかさずこなし、

出産に向け一直線、万全に取り組みにました。

慣れない子育てには助けの手がいると

夫と話し合い、現地お手伝いさんを

採用をすることにしました。

隣人のドイツ人一家の紹介でラッキー

なことにスーパーお手伝いさんを

採用することが決まりました。

上海で出産に挑む

超自然分娩にて、予定日ピッタリ

満月の夜に娘を無事出産しました。

38歳初産。

 

出産そのものの情報はたくさん収集

できていましたが、赤ちゃんを

迎えてからの生活がどのようなものか

全くわかっていませんでした。

知識ほぼゼロからの初ママ業。

献身的な夫と完璧に働くお手伝いさん

のおかげで慣れないながら、毎日

たのしく0歳児の娘との新生活を

送ることができました。

東京から母も一カ月近く滞在してくれました。

 

出産時の出血がかなり多かったため、

私は顔色がとても悪く貧血と診断されました。

貧血用のあまく飲みづらいシロップが

処方されましたがとにかく飲みづらく苦痛でした。

 

母とお手伝いさんはフラつく私を心配し、

毎食のように鉄分補給のためと赤身の肉を

用意してくれました。

今までそれほどお肉は食べて

いなかったのですが、自分のため、

赤ちゃんのためと一生懸命にお肉中心の

お食事をいただきました。

 

中国人のお手伝いさんのお料理の腕は

シェフ並みで、油を使ったお野菜の料理も

朝昼晩と作ってくれました。

一度彼女が調理をしている場をみましたが、

包丁さばきが丁寧で素早く、日本では

考えられない量の油を使用していて驚きました。

彼女が務めてくれた3年間、

油の量の減り方は半端ありませんでした。

 

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